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奈良県 宇陀市 〜あなたの街を再発見・ローカルサーチ
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地方都市のための検索サイト、奈良県 宇陀市 〜あなたの街を再発見・ローカルサーチ。
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<地方都市の概要>
宇陀市(うだし)は、奈良県北東部の市。
【4町村が合併して市制施行】
06年1月1日、大宇陀町・莵田野町・榛原町・室生村が合併して、市制施行。
県北東部に位置し、大和高原と呼ばれる高原地帯にあり山林が全体の72%を占める。
古代から朝廷の東方進出に伴う軍事的拠点、
大和と伊勢を結ぶ東西交通の要衝として栄えた。
【歴史と文化のまち】
古事記や日本書紀など歴史の舞台となり、
女人高野として名高い室生寺(国宝五重塔)など数多くの歴史文化資源を有する。
また、宇陀松山城跡や城下町のまちなみは、重要伝統的建造物群保存地区指定を受けるなど、
その保存と活用、地域文化と住民の生活文化の向上に注力する。
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更新日:2009/04/25(Sat) 17:58 [
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■室生寺■
室生寺 (むろうじ)は、奈良県宇陀市にある真言宗室生寺派大本山の寺院。山号を宀一山(べんいちさん)と号する。
開基(創立者)は、(けんきょう)、本尊は釈迦如来である。奈良盆地の東方、三重県境に近い室生の地にある山岳寺院である。
宇陀川の支流室生川の北岸にある室生山の山麓から中腹に堂塔が散在する。
平安時代前期の建築や仏像を伝え、境内はシャクナゲの名所としても知られる。
女人禁制だった高野山に対し、女性の参詣が許されていたことから「女人高野」の別名がある。
なお、山号の「宀一」は「室生」の略だという。
天武天皇9年(680年)、役小角(えんのおづぬ、役行者)の草創、空海の中興という伝承もあるが、
記録で確認できる限りでは、奈良時代最末期の草創と思われる。
室生寺の東方約1キロのところには竜神を祀る室生竜穴(りゅうけつ)神社があるが、室生寺の草創にも竜神が関係している。
『続日本紀』や『宀一山年分度者奏状』(べんいちさんねんぶんどしゃそうじょう)によると、
奈良時代末期の宝亀年間(770年−781年)、時の東宮・山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒のため、
室生の地において延寿の法を修したところ、竜神の力でみごとに回復したので、
興福寺の僧・賢(けんきょう)が朝廷の命でここに寺院を造ることになったという。
賢は延暦12年(793年)没しており、造営は同じ興福寺の僧である弟子の修円に引き継がれた。
修円は承和2年(835)に没しているが、現存の室生寺の堂塔のうち、
この時期(9世紀前半)にまでさかのぼると見られるのは五重塔のみであり、
現在のような伽藍が整うまでには相当の年数を要したものと思われる。
草創にかかわった2人の人物が興福寺僧であった関係から、室生寺は長らく興福寺との関係が深かったが、
時代は下って江戸時代の元 年(1698)、興福寺の法相宗から独立して、真言宗寺院となった。
女人の入山が許されたことから「女人高野」と呼ばれ、これは室生寺の代名詞にもなっている。
近世には5代将軍徳川綱吉の母桂昌院の寄進で堂塔が修理されている。
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